滝本寺 非有
岡豊城の近くにある滝本寺の僧侶(住職)であったが、文筆が達者であった事から元親から登用され、主に外交面で活躍した。安国寺恵瓊と共に「一対坊主」と呼ばれた。
元親からも信頼され、長宗我部家の軍議にも積極的に参加し、影響力を与えた。関ヶ原の合戦後は、徹底抗戦を主張した。
非有自身は元親から還俗の誘いもあったが、将来僧侶としての立場を通した。