荊州に移り住んだ徐庶は司馬徽(水鏡先生)下で兵法や学問の修行をしました。 門下生にはあの諸葛亮やホウトウ等もおり、互いに交流を深めていました。
徐庶は世に出るに当たって自分が信頼できる人に仕えたいと思っていました。 そんなある日、水鏡先生から劉備玄徳という人物の話を聴きます。 興味を持った徐庶は、当時劉備がいた新野に出向きました。
劉備玄徳は曹操の追撃を逃れ、荊州の覇者劉表の保護を受けて新野に駐屯していました。 劉備が街を歩いていると大きな声で歌を歌う一人の若者を見かけました。それこそが徐庶でした。
劉備もまた水鏡先生から 「あなたには古今無双の豪傑や英雄に値するすばらしい配下が沢山いる。しかし、先を見抜きその猛者たちを自在に操る統率の目を持った家来が必要でしょう。」 といわれており、人材を得ようとする気持ちが高ぶっているところでした。
その歌と若者のりりしい風貌に興味を持った劉備は声をかけ、酒を酌み交わしました。 この若者こそ徐庶です。
劉備と徐庶の話は非常に盛り上がりました。 宴も酣となったとき、徐庶は劉備自慢の馬を見せてもらいました。
すると徐庶はしばらくその馬の目を見つめると
「残念ながらこの馬は凶馬でございます。乗る人を必ず不幸にしてしまうでしょう。劉備様の身に降りかかる不幸の
元凶にもなっております。」
劉備は少し困った顔をします。
さらに徐庶は話を続けます。
「しかし、ご安心ください。この災いを防ぐ方法がございます。この馬をしばらく家来の誰かにお預けください。
そうしましたら、その家来はたちまち災いが降りかかりましょう。そして、その者を始末した後に再びこの馬に
乗馬ください。そうすればその後は凶馬でなくなりましょう。」
と目を光らせて話しました。
すると、劉備の顔が見る見る険しくなり 「お引取り願いましょうか。私はこれ以上あなたと話したくは無い。」 と言い放ちました。
徐庶がその理由を尋ねると。 「非常に残念だが私はあなたのことを買いかぶっていたようだ。すばらしい人物だと思っていましたが、 他人に不幸を押し付けて、自分だけ災いから逃れようなどと思う心の醜い人だったとは。 私は人を陥れて自分が助かろうとなどは思わん。どうか私の前から姿を消してくれ。」 そういうとその場を立ち去ろうとしました。
徐庶はその場に下座してこういいました。 「お待ちください劉備様。とても失礼なことではございましたが、私は本当に信頼してわが命をささげる御仁に出会いたいと 常々思っておりました。そんな折、わが師より劉備様の話を聴き、あなた様を試させていただいたのです。 先ほどまでの私の話は演技でございました。もし劉備様が私の助言を喜び、家来に馬を預けるといったならば、 すぐさま私はあなたを見限ったでしょう。 しかし、劉備様は本当に他者をいつくしみ、義に厚く志の高い徳のお方であると確信いたしました。 私の無礼を許していただけるのであれば、是非あなた様の下で働かせてくださいませんか?」
その言葉を聴いた劉備は下座した徐庶の手をとり、うれしそうに 「私こそあなたのようなすばらしい方と出会えて本当にうれしく思っています。家来としてではなく、私の友として あなたを迎えたく思います。是非非力な私を助けてください。そして、この世から戦をなくし、みなが笑って暮らせる 国をともにつくろうではないですか。」
一軍の大将からこのような言葉を聴いた徐庶は泣きながらなんども劉備と手をとりあい忠誠を誓いました。
徐庶が劉備の配下となった頃、曹操は新野で劉備の勢力が強化される事に脅威を感じていました。
荊州との国境である城にはベテラン武将である曹仁が太守として守っていました。 曹操は曹仁に、五千の兵で新野を攻略するように命令を出しました。
その知らせを聞いた劉備や関羽、張飛らは動揺を隠せませんでした。皆が逃亡を考えていたとき、 一人だけ冷静な者がいました。 劉備は傍らで涼しい顔をしている徐庶に相談すると 「今のわが軍は二千です。敵方が五千ならばよい演習ができます。訓練を思い出して戦いましょう。」 その言葉に劉備だけでなく関羽や張飛までもあっけにとられてしまいました。
徐庶の礼儀正しい態度に好意を感じていた関羽や張飛は徐庶の指示に従って布陣しました。 そして曹仁の部隊を誘い込んで周りから攻撃する作戦で、たちまち曹仁の兵は混乱し、五千の兵は 分断していきました。曹仁はどうして自分の兵がどんどん倒れていくか解らないまま、敗走していきました。 倍以上もある敵を、今までは考えもしなかった方法で戦い、粉砕した事を真の当たりにし、関羽や張飛は徐庶を 信頼するようになります。
面目をつぶされた曹仁は怒りをあらわにし、すぐさま三万の兵で新野に襲い掛かりました。 先ほどまで戦をし、疲れている兵の前に今度は自軍の十倍以上の敵が向かっているとの報告を受けた劉備軍は 戸惑います。そして絶望を感じました。 しかし、今度も徐庶だけは冷静な顔をしていました。関羽はすぐさま劉表に援軍を求めようと助言します。
しかし、徐庶は 「劉表殿に援軍を求める必要もございますまい。 曹仁軍は三万。おそらく全軍でしょう。ということは守っている敵方の城には兵士はほとんどいないことになります。これは絶好の好機です。その城を奪ってしまいましょう。」
すぐさま気性の荒い張飛が反論します。「なにを馬鹿なことをいっているのだ、三万の敵が目の前まで迫っているんだぞ。ただでさえ圧倒的に兵が少ない中で、城を攻める余裕などあるわけがない。」
徐庶はあくまでも冷静に「不可能な事を可能にするのが戦略でございます。兵は数では無くどのように動かすかなのです。」 といいました。劉備は徐庶の戦略に従い曹仁軍を迎え撃ちます。
劉備軍の先陣は関羽、張飛にも引けをとらない名将趙雲です。それに対する曹仁軍の先陣は李典でした。兵力で劣る趙雲の部隊でしたが、一糸乱れぬ統率を武器に李典の部隊と互角の戦いをしました。
そのうち、趙雲は敵将李典を見つけ一騎打ちをしかけます。武術においては趙雲のほうが一枚も二枚も上手だったので、たちまちり李典は逃げ出します。しかし、趙雲は李典を追い掛け回します。自軍の大将が敵に追い立てられ逃げ回る姿に動揺し、李典の部隊は混乱し、次々と倒れていきます。
曹仁は陣形を変え、「八門金鎖の陣」をとりました。 中心に曹仁の部隊があり、その周り八方向に配下の部隊を配置します。この陣形は強固ながら弱点も存在します。その弱点を兵法家の徐庶が知らないわけも無く、たちまち分析し、弱点を発見します。いまだ混乱から立ち直っていない李典の部隊に向かって趙雲の部隊が一気に突撃しました。先ほど痛い目を見ている趙雲が再び襲い掛かってくる恐怖から李典の兵はたちまち敗走を始めました。
穴の開いた「八門金鎖」は内部から崩壊します。そこに待機していた劉備の部隊がたたみこみます。曹仁軍は総崩れとなり、一反退却しました。いまだに、なぜ負けたのかを理解できない曹仁は、夜襲を仕掛ける事にしました。大軍が闇夜に進軍しても統率がとれないと反対する配下の助言を無視した攻撃でした。
曹仁軍は劉備の陣屋に向かって夜襲をかけました。しかし、陣屋には一兵の姿すらありません。戸惑っている曹仁軍に陣屋の周辺から一気に火矢の雨が降り注がれました。たちまち炎に飲み込まれた曹仁軍は 混乱し、曹仁も敗走します。
炎から逃げる為に川に入った曹仁軍の前に、休むまもなくこんどは張飛の部隊が襲い掛かります。士気が減少した曹仁軍は少ない張飛の部隊に翻弄され、命からがら自城に戻ろうとしました。しかし、城は既に関羽の部隊によって占領されていました。関羽の部隊からも攻撃を受けた曹仁軍は散々な目にあって、曹操の元に逃げ戻りました。
今まで劉備の軍は真っ向から敵と戦っていたので、いくら豪傑がそろっていても、兵力の違いからくる不利益を全て受けなければ なりませんでした。それゆえ、負け戦が続いていました。
しかし、徐庶という司令塔を得た劉備軍は、その本来の強さを十二分に発揮する事ができたのでした。勝利に宴の際、劉備が徐庶をたたえると 徐庶は 「私は、矢面にも立たずに後ろから言葉をかけたのみです。本当に表彰されるべきは、最前線で戦った将軍と兵たちです。」 と話しました。劉備は、自軍の軍資金を惜しみなく使って、全ての兵をもてなしました。 しかし、劉備の得た最強の司令塔は長く留まってはくれませんでした
呉の国を制圧する為に、魏の曹操は大軍勢を率いて進軍し、赤壁に大船団を編成しました。
しかし、陸地での戦に慣れている魏の諸将も、船上での戦には不慣れな為、船酔いに悩まされていました。
そこへ、鳳雛(ほうすう)ことホウトウが助言に来ました。
曹操の問いかけに対してホウトウはこう提案します。
「一隻の船は揺れに弱いものです。そこで船と船を鎖で繋げ、間に板を置く事で、船上は大陸のようになり、揺れも収まりましょう。」
大いに感激した曹操は、ホウトウに礼を言うと早速船を密集させ、鎖で繋いでいきました。
その夜、曹操の陣より、密かに逃げ出す人影がありました。
その人影に対して一人の御仁が声を掛けます。
「まさか連環の計とは、鳳雛殿は相変わらず冴えておられまするな。」
人影の正体はホウトウでした。
彼は諸葛亮の紹介により劉備玄徳に軍師として仕えており、自軍へと戻る最中だったのです。
ホウトウはしまったと思い固まってしまいました。
さらにホウトウを呼び止めた御仁は近づきながら話を続けます。
「いやはや、これで魏の敗北は決まってしまいましたな。あの状態で火矢を浴びせられたら、魏の船団は火だるまとなり、皆残らず赤壁に屍を晒してしまう事となるでしょう。あとは臥龍(ふくりゅう)殿が風を読んで、決行するのみですな。」
月明りに照らし出された御仁はかつて、劉備の軍師であった徐庶でした。
ホウトウは仰天して話します。
「これはおどろいた。元直(徐庶)殿ではござらぬか、お主がおりながら、曹操に対して連環の計を止めなかったのは何故でございましょうか?」
徐庶は答えます。
「私は魏の為に計を用いることを禁じているのです。ですが、困ってしまいましたな・・・このままでは私も死んでしまう事になるでしょう。勝手に軍を抜ける事は出来ぬゆえのぉ」
ホウトウは少し考えますが、笑いながらこう言いました。
「時に涼州により魏に侵略する疑いがあると聞き及んでおります。さて、元直殿はどう動かれますかな?」
徐庶はとぼけた顔をして、
「はてはて、そんな事が起ころうとは曹操様も難儀されることでしょう。」
二人はしばらく笑いあって別れた。
数日後、曹操は
「この度涼州において不穏な動きがあると報告されておる。だれか赤壁より立ち返り、涼州をけん制してもらいたい。」
魏の諸将は呉での勝利が目前と考えており、今涼州に出向けば手柄を挙げることが出来なくなると考え、誰も名乗ろうとしません。
しばらく沈黙が続いた後、
「私がまいりましょう。」
人ごみの中から声がしました。
「おお、徐庶が行ってくれるとはなんと頼もしい限りかな。」
声の主は徐庶でした、曹操は大いに喜び早速徐庶を涼州の抑えに向かわせました。
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